2013年5月3日金曜日

8章


11月に、智穂は卒業論文の発表を終えた。9月末に戻ってからは、喜代田さんが研究発表に向けた追加の実験を手伝ってくれた。

発表の夜に、西村からメールがとどいた。発表完了のお祝いとともに、骨折で入院したことが書かれていた。

智穂は、自分の机の奥に保管してある、母からもらった飴を思い出した。
二日間、考えたあと、国家試験の勉強に入る前に、一度だけ西村のお見舞いに行くことに決めた。国家試験に向けた勉強で旅行できなくなる前に、一度だけ西村と話したかった。

「智穂さんなら、国試の勉強は大丈夫だよ」
と明るく言ってもらえたら、勉強だけの日々を辛くなく過ごせそうな気がした。

見舞いに行くことを決めてから、母から受け取った飴が気になり始めた。
西村への自分の気持ちが本物なら、自分には一度だけのチャンスがある。西村の気持ちの変化を恐れる必要はなくなる。父と母の暮らしを思った。父は母を受け入れ、最後に尋ねられたときにも、母に感謝をした。父と西村の顔が重なった。

母に父が居たように、私にも西村さんが居るかもしれないと考えると、飴を旅行鞄に入れることを止められなくなった。移動中間違って使うことが無いように、ユザワヤの布で作った小袋に入れた。

窓の外では、雪になる直前の気候が風を吹かせていた。

西村には、見舞いに行くことは隠して、病院名と場所をメールで確認した。

東京に行く際に持つ手荷物の鞄の底に小袋と飴をしまった。機内では、何度か飴を入れた小袋に触れた。

http://horeame.blogspot.jp/2013/05/8.html
に続く

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